京都からすま和田クリニック 和田洋巳の相談室

がん専門医の和田洋巳が40年近くのがん治療の経験で感じた「がんが住みにくい体づくり」について書いていきます。そのほか興味深いがんの症例やがんを防ぐ基礎知識など。

講座:こころとからだ〜がんは自分が作ったもの〜7

前回は、治療では、きちんと現状を見つめようとすること、自分は癌を克服して生きるのだと強く思うこと、という積極的でありつつも、楽観的な精神状態が重要であるということを症例の紹介からお伝えしました。

今回から2回に分けて、治療においてこころの働きが重要であることを示す根拠を研究の面から紹介していきます。
まず以下の論文ですが、これはいわゆる「瞑想」を取り入れることが癌治療に効果があることを示すデータです。
この論文では、86名の乳癌患者を2群に分け、1群は1年間毎週「自己催眠術」を取り入れる、もう1群は取り入れない、という実験を行いました。結果として、10年後には86名中、83名は死亡に至りましたが、「自己催眠術」を取り入れた群は、中間生存率(半分の人が生きている期間)が37ヶ月であり、対照群の10ヶ月よりも大幅に生存期間が長いということがわかりました。

「自己催眠術」というと、怪しげなものに聞こえはしますが、要はこころの持ち方のことで、このような自己暗示は、脳の自律神経系や視床下部・下垂体軸の機能と密接に関わっています。
特に視床下部・下垂体軸の活動に大きく関わるモノとして青斑核という部分があります。


青斑核は、いわゆるストレスホルモンの一つであるノルアドレナリンの分泌することで、交感神経系の活性に非常に重要な役割を果たしており、ストレスを非常に強く感じることが長い期間続いたりした場合、結果的に鬱病パニック障害、不安といった症状を引き起こす引き金にもなります。
例えば大きなストレスがかかると、青斑核はノルアドレナリンを分泌することで、視床下部・下垂体軸を活性化します。この活性化は交感神経の活動を強め、リラックスしている状態には優位に活動する副交感神経の活動を抑制します。

私が、これまで見てきた多くの患者さんも、実際に癌に罹患する少し前(数ヶ月から数年というスパンですが)に、精神的に大きなストレスを受けていることが多いです。このストレスが癌のすべての原因というわけではありませんが、少なからず一つの要因として関わっている可能性は否定できないと思います。

青斑核は、鬱病精神疾患との関わりで良く取り扱われますが、癌においても同様で、アドレナリンやコルチゾルといったストレスホルモンの分泌が多くなると、青斑核が活性化し、交感神経が優位に働き、免疫機能の低下を引き起こし、そして結果として癌細胞を活性化させます。

これは余談ですが、ラットでも人と同様に、ストレス耐性のあるなしが癌の治癒と関係していることを示すデータがあります。
下のデータは発癌するように細胞株を植えられた特殊なラットを対象として、電気ショックを与え、電気ショックを乗り越えたラットと気絶してしまったラットに分け、癌の排除率を見たものです。
結果として、電気ショックを乗り越えたラットは、63%が癌を排除できましたが、乗り越えられなかったラットは23%しか排除できませんでした。
ラットの結果なので、人と同じとは言えませんが、ラットでもストレスに対抗できるか否かが癌の克服に重要だということを示しています。

このように研究結果を見ていくと、こころの作用は、癌においても軽視することのできない要素であると私は思っています。
次回は症例をもとに、精神的なストレスが、癌の指標とどのように関係しているか、ご紹介していきます。