京都からすま和田クリニック 和田洋巳の相談室

がん専門医の和田洋巳が40年近くのがん治療の経験で感じた「がんが住みにくい体づくり」について書いていきます。そのほか興味深いがんの症例やがんを防ぐ基礎知識など。

がんを防ぐ長寿遺伝子サーチュイン

    現在がんは急激に増えており、
    二人にひとりは生涯のうちにがんを患う
    可能性があるという時代になってきました。
    今日は、がんを防ぐために役立つ
    サーチュイン遺伝子の話をしたいと思います。


    ◆ がん細胞が生まれるメカニズム


    そもそも、がんはどのようなメカニズムで
    発症する病気なのでしょうか。

    がんは、細胞がダメージを受けることで発生します。
    体内で発生した活性酸素や紫外線などによって、
    細胞膜やDNA、たんぱく質などが障害を受け、
    正常な細胞が傷ついてしまいます。

    傷ついた細胞は、暴走して無限に増殖し、
    最終的には体の機能を損ない、
    生命活動に支障をきたしてしまうのです。


    がん発症に至る機構はまだ明らかではありませんが、
    炎症に関わる状態がそれを引き起こすのではないかと
    かなりの程度考えられています。
    炎症が起こっている場の掃除(=貪食)と
    その場の修復(=リモデリング)の仕組みが
    バランスを崩すと、細胞のがん化が始まると予想します。

    がん細胞がこのようにして生まれるということを理解すれば、
    がんにならないためにはどうすればよいかが推測できます。
    がんになったとしても、がん細胞の勢いを削いで、
    おとなしくさせることは可能
    なのです。

    ◆ 老化とがん化は同じ?


    細胞がダメージを受けることでがんになると説明しましたが、
    実はこれは老化のメカニズムと同じでもあるのです。

    老化については、最近おもしろい研究が注目されています。
    今年の6月12日にNHKスペシャルで取り上げられたことでも
    よく知られるようになった長寿遺伝子こと、
    サーチュイン遺伝子(Sir2)
    の存在です。

    サーチュイン遺伝子とは、細胞の老化を司る遺伝子で、
    別名を長生き遺伝子とも言われる遺伝子です。
    すべての人にサーチュイン遺伝子は存在しますが、
    活性化している人もいれば、不活性な人もいます。

    この遺伝子を活性化させれば長生きできると考えられています。
    またがんを予防したり、がんの進行を遅らせたりする効果
    あると期待できます。

    意外なことに、サーチュイン遺伝子を活性化させる方法は、
    古くから伝えられている健康法にも共通する
    「食べ過ぎない」ことなのです。

    ◆ カロリー制限で若返りを


    2009年7月10日付のサイエンス誌にこのような記事が掲載されました。

    ウィスコンシン国立霊長類リサーチセンターが行った
    アカゲザルによる動物実験では、好きなだけ餌を食べたサルに比べ、
    その6割くらいのカロリーに制限した餌を食べたサルは
    目立って若々しいという結果が発表されたのです

    一定期間アカゲザルの生存率を比較したところ、
    好きなだけ食べたサルの生存率は50%だったのに対し、
    カロリー制限したアカゲザルは80%と顕著な差が見られました。

    それぞれのグループのサルたちの外見にも、
    際立った違いがあります。
    カロリー制限したサルには、顔のシワが少なく、
    姿勢がよく、毛並みもきれいだということが目立ちます。



    写真A、Bは好きなだけ餌を食べたサルです。
    年齢はアカゲザルの平均寿命である27.6歳です。
    顔にシワがあり、毛並みも悪く、姿勢もよくありません。©Science




    写真C、Dは餌を制限したサルです。
    上のサルと同じ年齢ですが、毛の色艶もよく背筋が伸びています。©Science



    実は養鶏の世界でも、似たような話が知られています。
    ニワトリは産卵をはじめて1年ほど経つと、
    老化して卵の質が落ちてきます。
    そこで2週間ほどの断食を行うとニワトリが若返って羽が生え変わり
    また元気な卵を生むことができる
    のです。

    これらの現象は、絶食したりカロリー制限することで
    サーチュイン遺伝子の発現が促されたたため
    だと考えられます。

    ◆ がんと生活習慣病


    がんの治療にも、飢餓療法という方法が古くから存在します。
    甲田療法などがよく知られています。

    飢餓療法は、一時的に摂取カロリーを制限することで
    がん細胞を低栄養状態にし、増殖を抑えることを期待する治療法ですが
    このときにサーチュイン遺伝子
    発現することがあるのではないかと考えられます。

    参考リンク >> 食事療法によって腫瘍が小さくなった進行性肺がんの男性


    がんの患者さんには、元気だった頃より
    痩せてしまったことを気にする人がいますが、
    私の経験では、長生きするには
    あまり太り過ぎないほうがいいと感じます。
    しっかり食べて太ろうとするよりも、
    「ほどほど」のカロリーで栄養バランスのよい
    食生活が望ましいでしょう。


    糖尿病や高脂血症、動脈硬化などの生活習慣病を持つ人は、
    美食が好きで食べ過ぎる傾向がありますが、
    生活習慣病患者のサーチュイン遺伝子は活性化しにくいといわれています。

    サーチュイン遺伝子が活性化していると、
    細胞が酸化しづらく遺伝子が傷つきにくいということから、
    老化やがん化を遅らせるのだろうと考えられます。
    がんと糖尿病の関係については、下のリンクも参考にしてください。

    参考リンク >> 糖尿病になるとがんリスクが高まるわけ


    ◆ がんになりにくい食生活


    近年、食べ物を工夫することでも、
    サーチュイン遺伝子が活性化するという
    研究が知られてきています。

    たとえば赤ワイン(ブドウの皮に含まれるレスベラトロールが有効)。
    またピーナツの薄皮やタマネギの皮、りんごの皮の部分など、
    通常であれば捨てられている部分に、
    長生きに役だってくれる物質が含まれているのです。

    無農薬のものを手に入れて皮ごと食べるなどして、
    日常の食生活をなるべくがんになりにくいものに
    近づけていくのが望ましいでしょう。
    食事の量も腹八分目、できれば腹七部目くらいに
    抑えるのがおすすめです。


    ◆ より詳しい情報

    ● 参考書籍
    白澤卓二式 100歳まで元気でボケない生き方 (別冊宝島) (別冊宝島 1806 ホーム)

    イラストが豊富で分かりやすい本です。
    サーチュイン遺伝子を活性化させる
    食材についても詳しく書かれています。

    ● 参考音声
    白澤卓二先生がNHKのラジオで
    サーチュイン遺伝子について解説しています。