京都からすま和田クリニック 和田洋巳の相談室

がん専門医の和田洋巳が40年近くのがん治療の経験で感じた「がんが住みにくい体づくり」について書いていきます。そのほか興味深いがんの症例やがんを防ぐ基礎知識など。

イレッサは肺がんに効果があるのか

    肺がんの分子標的薬イレッサについて調べるため
    このブログにくる人がときどきいるようです。
    イレッサによる治療について、
    私の患者さんの症例も交えつつ説明してみます。


    ◆ 新聞を賑わせた分子標的薬


    イレッサは、2002年に日本で医薬品として承認された直後から、
    副作用による被害報告が相次ぎました。
    とくに間質性肺炎による副作用死が目立ったことが
    新聞などで報道されています。
    その記憶がいまだに残っているため、
    イレッサの使用について不安を持つ患者さんも多いです。

    全身の細胞にダメージを与える通常の抗がん剤とは
    異なった働きをする分子標的薬であるイレッサは、
    主としてがんの増殖にかかわる特定の分子を狙って作用する薬です。
    がん細胞だけを攻撃し、
    健康な細胞には比較的影響を及ぼさないということから、
    イレッサ承認当時は「夢の薬」と話題になったものです。

    抗がん剤の副作用


    ところで分子標的薬と、従来の抗がん剤との
    違いとは何でしょう。

    「抗がん剤の始まりは毒ガスから?」で説明したように、
    戦争中に毒ガス工場で働いていた白血病の人が
    治ったことが抗がん剤が生まれるきっかけ
    です。

    「猛烈な速度で細胞分裂する」というのが
    がん細胞の特徴のひとつです。
    抗がん剤細胞分裂の速度の早い細胞を攻撃しますが、
    爪や髪の毛なども分裂の速度の早い細胞です。
    抗がん剤によって髪の毛が抜けたり
    爪がぼろぼろになったりするのはこのためです。

    血液を作る骨髄の幹細胞も増殖の速度が早いため、
    抗がん剤の影響を受けます。
    強い抗がん剤によって免疫力が低下するのは、
    骨髄の造血機能がダメージを受けることによって、
    免疫を司るリンパ球の数が減ってしまう
    ためです。

    このような従来の抗がん剤の作用とは異なり、
    分子標的薬であるイレッサは、
    主としてがんの増殖にかかわる特定の分子を選んで
    その働きを阻害する薬
    です。
    健康な細胞に比較的影響をおよぼさないことから、
    副作用がないと期待されました。
    点滴のため病院に通う必要がなく、
    自宅で手軽に飲めるという点も注目されました。

    ◆ がん細胞のアポトーシスを期待


    ではイレッサは体の中でどのように働くのでしょうか。

    イレッサの成分であるゲフィチニブは、
    がん細胞の表面にある上皮成長因子受容体 (EGFR)に、
    増殖のための信号であるチロシンキナーゼという分子が
    伝達されることを妨げる分子標的薬です。

    増殖のための信号ががん細胞に伝わらなくなるということによって、
    がん腫瘍はそれ以上大きくなることができなくなります。
    また、アポトーシス(プログラムされた細胞死。細胞の自然死)によって、
    がん細胞の縮小も期待できます。


    すべてのがんに対してこのような働きが起こるのであれば
    すばらしいのですが、
    イレッサに感受性のある正常細胞が存在することから、
    服用により肌荒れや肝臓障害、下痢などの副作用が
    起こることもあります。
    とくに重篤な場合は間質性肺炎が起こる可能性があることから、
    イレッサ服用にあたっては、入院して経過を観察することになります。

    イレッサが効く肺がん


    肺がんは、非小細胞がんと小細胞がんの2種類に大きく分けられます
    小細胞がんは放射線療法や化学療法の効果が
    期待できるタイプのがんですが、
    非小細胞がんはそれに比べ一般的に効果が劣ります。
    イレッサは、非小細胞がんで、手術ができない場合や、
    手術後に再発した場合に用いる抗がん剤(分子標的薬)です。

    とくにイレッサの効果が期待できるのは、
    非小細胞がんの中でも、末梢部にできる腺がんです。
    「腺がん」「女性」「東洋人」「喫煙歴がない」
    「上皮成長因子受容体 (EGFR)に変異がある」
    といった条件を
    満たしている場合、イレッサの服用を検討することになります。

    イレッサを服用して元気に

    私のクリニックにも、イレッサ服用によって
    体調が改善したという患者さんは何人もいます。

    たとえば「からだ力」を高める治療法により症状が安定した肺がんの女性
    紹介した女性は、ステージ1Aで手術した後2回再発したものの、
    イレッサの服用を開始し、服用後5年になりますが
    今も元気に暮らしています。


    上記のケースでは、イレッサは毎日飲むのではなく
    2日に1度の頻度に減らし、
    同時に新鮮な野菜ジュースや果物を大量に摂取する、
    食事を玄米自然食にする、体を温める
    などといった指導を行うことで、
    からだ力を高めることを心がけています。


    このような例もあります。
    4期Bの肺がん(腺がん)の患者さん(女性53歳)ですが
    イレッサ丸山ワクチンを併用してがんが小さくなっています。

    この患者さんも2日に1回、イレッサを服用しています。
    イレッサ服用当初は毎日飲んでいたのですが、
    脱力感や下痢などの副作用を感じたため、
    2日に1回に減らし、現在も問題なく飲み続けています。


    まだ服用して2ヶ月ほどなので、今後の経過を見なければなりませんが、
    この方もにんじんジュースや玄米食、ビタミンC、Bの服用、
    温熱療法などを併用して、からだ全体の力を高めることを
    意識してもらっています。

    一般的には、イレッサは一日1錠服用するということになっています。
    しかし私のクリニックでイレッサを服用中の患者さんは、
    定められたとおりの用量では身体的に辛いということから、
    一日置きに服用しているという場合が多いのです。

    だからといって、すべての人に一日置きの服用が
    最も適しているかというわけでもありません。
    がんという病気には、人それぞれ個性があり、
    どのような治療がもっとも適しているかということは、
    一人ひとりの患者さんに対してケースバイケース
    対応しなければなりません。

    血液検査によって体調の変化を数値で把握しながら、
    体をよい状態に持っていくように
    きめ細やかにコントロールするということになります。