京都からすま和田クリニック 和田洋巳の相談室

がん専門医の和田洋巳が40年近くのがん治療の経験で感じた「がんが住みにくい体づくり」について書いていきます。そのほか興味深いがんの症例やがんを防ぐ基礎知識など。

生命と酸素のかかわり

    私たちは、もしも酸素がなかったとしたら
    わずか数分しか生命を維持することができません。

    生きるためにこれほど欠かせない酸素という物質は、
    実は、体の中にがん細胞が生まれるメカニズムと
    深く関わっているのです。

    呼吸によって体の中に取り込まれた酸素は、
    活性酸素という形で体内で用いられます。

    私たちは酸素を使った好気的解糖という仕組みによって
    常に生きるためのエネルギーであるATPを
    生成しているということは、すでに説明しました。

    ところが酸素を使うことで体の中によくないものが
    溜まっていき、その溜まったものは
    やがて生体を脅かすがん細胞を生み出します。

    私はこの仕組みを、シュレーディンガーの提唱した
    エントロピーという概念を用いて説明しています。

    生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)

    がんにならない体つくりのためには、
    このエントロピーについて理解することが
    きわめて重要になってきます。

    シュレーディンガーエントロピー理論については、
    別のエントリーで説明していきますが、
    その前提として、原始生命体が生まれた当時の
    地球のようすがどうだったのか見ていきます。

    太古の地球に生まれた生命は、酸素のないところで
    生きていました。


    ◆ 原始の海と生命の誕生


    原始の地球に原始的な生命が生まれ、
    そしてその生命体が進化して人類となるまでには、
    およそ46億年の年月が必要だったといわれています。

    原始地球ができてから5、6億年経ってようやく、
    ごく微小な生命体が地球上に誕生しました。

    その生命体が進化の道を歩み、
    哺乳類のような大きな動物が生まれるまでに
    地球の歴史のほとんどの時間を費やしました。
    最終的に人類が誕生するのはわずか数百万年前のことです。

    生命体といっても、太古の海に誕生した原始生命体から、
    60兆もの細胞を持つ人類にいたるまで、
    おびただしい種類が存在します。

    ◆ 生命の定義


    改めて考えてみたいのですが、
    そもそも生命とはどのような特徴を持つのでしょう。

    生物を規定する概念のひとつとして、
    自己複製が可能であるということがあります。
    原始の海にはじめに生まれた生命体は、
    硫化水素をエネルギー源としていました。

    現在の地球に生きるほとんどの生物は
    酸素を呼吸してエネルギーを作っていますが、
    太古のこの時代には酸素はほとんど存在していません。

    もし当時の地球の様子を見ることができるなら、
    現在われわれが暮らしている地球とは
    まったく別の世界を目にすることになるでしょう。

    ◆ 古代の海


    大気は炭酸ガスや窒素に覆われ、
    海は硫化水素やシアンなどに満たされていました。
    その海にはおびただしい数の隕石が降り注いでいたことでしょう。

    今でもこの硫化水素をエネルギー源にしている生物は、
    ごくわずかですが存在します。
    それはチムニーと呼ばれる
    深海の火山の吹き出し口の周りに生息する生き物です。
    これらは火山の吹き出し口から出る硫化水素
    エネルギーとして生きています。

    ◆ 緑藻の誕生


    かつて原始の地球上では、すべての生物が
    硫化水素をエネルギーにしていたのですが、
    ある時点で緑藻という生命体が海の中に発生しました。

    このことは、地球環境にも、また生物の進化にとっても、
    非常に画期的なできごとでした。
    緑藻の中の葉緑体は、空から降り注いでくる
    太陽光のエネルギーを使って、
    空気中の炭酸ガスと水から、さかんにブドウ糖を作りました。
    このときに緑藻は副産物として酸素を吐き出したのです。

    緑藻の生命活動によって海中で光合成が始まると、
    緑藻から放出される酸素が次第に増えはじめました。

    当初は大気中にまったく存在していなかった
    酸素が徐々に増え、ちょうど大気の21%
    達したところでバランスが均衡しました。

    ◆ 嫌気的解糖と好気的解糖


    酸素を用いず、硫化水素によって
    エネルギーを作り出す仕組みを「嫌気的解糖」といいますが、
    原始地球の海で嫌気的解糖を行っていた生物は、
    大気中に酸素が増えるにつれてほぼ死に絶えました。
    生き残ったわずかの生物も深海の奥などに
    逃げ出すことで、かろうじて命をつなぐことになりました。

    その頃、酸素という新たなエネルギーを用いる
    生命体が原始の海に誕生したのです。
    これらの生命体は、「好気的解糖」という
    酸素を利用した効率的なエネルギー生成システムによって
    しだいに活動の範囲を広げていきました。

    酸素を使う「好気的解糖」に比べ、
    硫化水素を使う「嫌気的解糖」は10分の1以下
    エネルギー効率しかありません。

    これはどういうことかというと、
    効率の悪い硫化水素をエネルギー源として生きていた生命体は、
    大きく育つことができなかったということです。
    ごく微細な大きさにしか、成長することができなかったのです。

    ところが酸素を使った「好気的解糖」では、
    効率のよい酸素という物質を使って
    必要なエネルギーを作ることができるため、
    個体を大きく成長させることが可能となったのです。

    このあたりの仕組みについては、
    ミトコンドリアとATPで詳しく説明しています

    これがきっかけとなって、現在見られるような生物の進化が
    はじまりました。